時を超えて
色味といい顔立ちといい、ももタロウそっくり…ぎょっとしました。
今、なんのきなしにぼんやりと昔の2017年5月の宇宙日記1を読み返していました。
6年まえの。
お義父さんが亡くなったときの日記(記録)がありますので、それを読み返していた。
私は初めて山形の義親族総出方々と会うのにとても緊張していたんですけども、葬儀で山形に滞在している最中に浜松在住の友人が私を鼓舞してくれようと送ってくれた写真があったんです。
友人のお家の近くにいた野良猫の子猫だそうです。 私が無類の猫好きなので友人が送ってくださった。
この記事を見て ものすごくドキッとしました。
これ…ももタロウにそっくりですよね?
6年前お父さんが亡くなった時に、浜松の友人がこの仔猫の写真をLINEで送ってくれて。
お母さんが亡くなる直前にこの仔猫とそっくりのももタロウが我が家にやってきました。
正直 友人がこの写真を送ってくれたことすら すっかり忘れておりまして。
( 送ってくれた友人でさえ忘れていると思うんですけど。aさん覚えてるかい?)
お父さんが亡くなった時は 私はメインダシャー(人生周期)ケートゥ期に突入したばかり。
お母さんが亡くなった今現在 まさに ケートゥ期が終わろうとしています。
ケートゥとはあちら側とこちら側、 あの世とこの世という象意もあります。
ケートゥは不思議なもの、理性の範疇を超えたもの、という象意もある。
ともかく。
もう6年前のこの時に決まっていたんだろうということをぼんやりと確信した次第です。
ケートゥ期は7年間。 それが明けたら 金星期。
『金星期近くなったら、僕はあなたの元へ行くよ』 ということのサインだったのかな。
この写真は。
山形の義両親は 私が流産ばかりして子供を産まなくても何も言わずに、 むしろ 息子と一緒になってくれてありがとうと言ってくれるような ご両親でした。
そんな彼らの御霊からの何かのサイン なんだろうか?
この写真を見つけて、私の理性自我の方は 何かの軽めのサインなんだろうと冷ややかに思っているんですが、真我のほうは非常に明るく高揚しながらも動揺しておりまして。
これは一体どのようなサインなのかということを今一生懸命 頭で考えているんですね。
理性とハイヤーセルフの方が完全一致していない状態なので、ちょっとレイキ流しながら瞑想してみますね。
なんだか 本当に 高揚するほど嬉しい写真です。
私は、人が亡くなったばかりのほやほやだと、あちら側とこちら側の交信状態が混線しやすくなるので💦 ミディアム能力が混線しやすくなるのだわ💦
特に 血は繋がっていなくても 戸籍でガッツリ 繋がっている人だと 肉親と同じぐらいの インパクトがありますので。
(さらに ケートゥ期は どんな人でも霊能がかなり強くなり、人によっては能力が暴発しやすくなります。)
ちょっと文章もおかしくなってて 読みにくくてごめんね。
だから緑翆のお仕事も 葬儀から間を空けさせてもらってるんですね。
何か 可愛い子猫が6年後にやってくるよ という以上の意味があるように感じられてならないのです 、というお話でした。
ともかく 浜松の aさん、 6年の時を超えてどうもありがとう。本当にありがとうね。
乱文失礼。
ॐ ह्ल्रीं बगलामुखि सर्वदुष्टानां वाचं मुखं पदं स्तम्भय
जिह्वां कीलय बुद्धिं विनाशय
今、なんのきなしにぼんやりと昔の2017年5月の宇宙日記1を読み返していました。
6年まえの。
お義父さんが亡くなったときの日記(記録)がありますので、それを読み返していた。
私は初めて山形の義親族総出方々と会うのにとても緊張していたんですけども、葬儀で山形に滞在している最中に浜松在住の友人が私を鼓舞してくれようと送ってくれた写真があったんです。
友人のお家の近くにいた野良猫の子猫だそうです。 私が無類の猫好きなので友人が送ってくださった。
この記事を見て ものすごくドキッとしました。
これ…ももタロウにそっくりですよね?
6年前お父さんが亡くなった時に、浜松の友人がこの仔猫の写真をLINEで送ってくれて。
お母さんが亡くなる直前にこの仔猫とそっくりのももタロウが我が家にやってきました。
正直 友人がこの写真を送ってくれたことすら すっかり忘れておりまして。
( 送ってくれた友人でさえ忘れていると思うんですけど。aさん覚えてるかい?)
お父さんが亡くなった時は 私はメインダシャー(人生周期)ケートゥ期に突入したばかり。
お母さんが亡くなった今現在 まさに ケートゥ期が終わろうとしています。
ケートゥとはあちら側とこちら側、 あの世とこの世という象意もあります。
ケートゥは不思議なもの、理性の範疇を超えたもの、という象意もある。
ともかく。
もう6年前のこの時に決まっていたんだろうということをぼんやりと確信した次第です。
ケートゥ期は7年間。 それが明けたら 金星期。
『金星期近くなったら、僕はあなたの元へ行くよ』 ということのサインだったのかな。
この写真は。
山形の義両親は 私が流産ばかりして子供を産まなくても何も言わずに、 むしろ 息子と一緒になってくれてありがとうと言ってくれるような ご両親でした。
そんな彼らの御霊からの何かのサイン なんだろうか?
この写真を見つけて、私の理性自我の方は 何かの軽めのサインなんだろうと冷ややかに思っているんですが、真我のほうは非常に明るく高揚しながらも動揺しておりまして。
これは一体どのようなサインなのかということを今一生懸命 頭で考えているんですね。
理性とハイヤーセルフの方が完全一致していない状態なので、ちょっとレイキ流しながら瞑想してみますね。
なんだか 本当に 高揚するほど嬉しい写真です。
私は、人が亡くなったばかりのほやほやだと、あちら側とこちら側の交信状態が混線しやすくなるので💦 ミディアム能力が混線しやすくなるのだわ💦
特に 血は繋がっていなくても 戸籍でガッツリ 繋がっている人だと 肉親と同じぐらいの インパクトがありますので。
(さらに ケートゥ期は どんな人でも霊能がかなり強くなり、人によっては能力が暴発しやすくなります。)
ちょっと文章もおかしくなってて 読みにくくてごめんね。
だから緑翆のお仕事も 葬儀から間を空けさせてもらってるんですね。
何か 可愛い子猫が6年後にやってくるよ という以上の意味があるように感じられてならないのです 、というお話でした。
ともかく 浜松の aさん、 6年の時を超えてどうもありがとう。本当にありがとうね。
乱文失礼。
ॐ ह्ल्रीं बगलामुखि सर्वदुष्टानां वाचं मुखं पदं स्तम्भय
जिह्वां कीलय बुद्धिं विनाशय