宇宙日記2 ヒーリングルーム緑翆(りょくすい)

ヒーリングルーム緑翆(りょくすい)主宰/伊藤けい東京都目黒区自由が丘 レイキセラピスト↓タップするとアメーバブログに飛びますhttp://ameblo.jp/umeten2009Copyright©2013 Ryokusui all rights reserved.
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主宰/伊藤けい
東京都目黒区自由が丘 レイキセラピスト

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ダンナマン特製 手作り餃子

ダンナマン特製 手作り餃子

手作り餃子🥟彼の十八番中の十八番料理🥟

冷凍なんて粉砕する美味しさです。

(あ、冷凍餃子の営業の人いたらスマン。あなたの愛するご家族の手作り餃子より美味しいですよ、 なんてEIQ 0%な営業する人なんていないか)

水餃子にしてもまた美味。
当たり前だけど、どこのおうちもご家族の手作りが結局最高ですよね。って私の周りには料理上手な人々が多いからですが←食べ専発言

写真は手作り餃子よりもシルクエールが主役になってるけど🍺

ごちそうさまでした🙏

ॐ ह्ल्रीं बगलामुखि सर्वदुष्टानां वाचं मुखं पदं स्तम्भय
जिह्वां कीलय बुद्धिं विनाशय
山形と岩手の伊藤さんチのご先祖はすみっコぐらしみたいです

山形と岩手の伊藤さんチのご先祖はすみっコぐらしみたいです

色々と不思議体験をする時節でもあります。
皆様におかれましても、ご先祖様に思いを馳せられてみてはいかがでしょうか?

各ディグリーを受けた皆様はご先祖様に向けて 漫然とでも構いませんので 遠隔レイキを送って差し上げてみてください。

とくにピトリドーシャ持ちの方は。

謄本をお持ちの方はそれを胸に置いたり、あるいは両手で挟んだりして流してみると 何らかの体感が出やすいかもしれません、その後 夜見た夢などもよく観察してください。

流し終えた後のご自分の体の状態 あるいは 気持ちの状態も。



写真は山形の義実家と新盆を迎えたお義母さんの実家の岩手の親族たちの写真です。

東北という土地文化柄もあるでしょうが、山形も岩手も、いつもすみっコぐらしのように申し訳なさそうにこっそ〜り静かに来ては、まさにすみっコぐらしなんか、と 思わず突っ込んでしまいたくなるほどすみっコに少しの間だけ ちんま〜りいらっしゃいます🙂

というのも、私達夫婦はお父さんお母さんの伊藤籍から結婚と同時に抜けて、所謂分家伊藤化しているので。

そういった籍の関係性も鑑みながら過ごすと面白いと思います。

籍はただの紙切れにあらず、守護・コネクションの強弱も如実に現象化しますので。





ヒーリングルーム緑翆はというと、お盆休みは坊さんでもないくせに なんだか慌ただしいです。

ॐ ह्ल्रीं बगलामुखि सर्वदुष्टानां वाचं मुखं पदं स्तम्भय
जिह्वां कीलय बुद्धिं विनाशय

不安心理をわざわざ煽る

備えがしっかりしていれば大難を小難にすることは可能であります。もうそれは大前提であり 楽観的に見える人でもしっかりはしているでしょう。

例えば 伊藤さん はずいぶん 楽観的ですねなどと言われますが、いえいえ そうではなく義実家は人死にさえ出なかったものの家は流されています。

自分で言ってしまいますが 楽観的に見える人というのは ギャーギャー騒がないだけです。

リアクションの問題 なだけであって それが怖くない日本人などいないでしょう。


もうそれは想定内なのですから みな普段は尾首にも出さずとも備えはつまり心の準備はできているのですが、それをなぜことさら大仰に煽るのでしょうね。

わざわざ 混乱を煽る もしくは作っているのでしょうか。

何のために。

そういえば 4月の皆既日食の時にわざわざアメリカに呼ばれてましたね。

何のために呼ばれたんでしょうねぇ。

そして なぜ不自然なまでに煽るのでしょうねぇ。

騒げ騒ぐなだの米を奪い合うだの等々

しもじもの者同士を争わせたいんですかねぇ。

ॐ ह्ल्रीं बगलामुखि सर्वदुष्टानां वाचं मुखं पदं स्तम्भय
जिह्वां कीलय बुद्धिं विनाशय
Once Upon a Time…

Once Upon a Time…

それはお父さんがなんか買ってきたみたいよ。

高価なシンセサイザーはがっちりカバーをして ももに触らせないので もしかして本当にももタロウのぶんなの?🎹😹

彼は鍵盤形のシンセサイザーに執着するので過去生で弾いていたのかもしれません。

なぜか気になるだとか 非常に執着するだとかというものは 今生での記憶ではなく 過去世での記憶である可能性は誰しも 大いにあります。

自分に全く無関係だし過去に似たような出来事に巻き込まれたわけではないのに、ニュースを見ていてどうしても許せないと憤慨する 出来事が誰しもあると思うんです。 それは 過去(生)に似たようなシチュエーションがあったことの一つの指標でもあります。

また私の例で恐縮ですが 基本的に 私はお肉類は食べれますがどうしても馬刺しだけは食べれません。

お箸で口元に持っていくこともできなければ馬の肉自体を直視することもできない。

一度はるか 昔 会社員時代 、会社の上司に美味しい馬刺しのお店に連れて行ってもらった時にどうしても食べれず 残念そうにしている上司に向かって「ごめんなさい。友達を食べることは出来ません」 などと言ってしまった過去があります。

20代半ばの頃は このような仕事もしておらず 、そんなことも考えたこともないのに突然口をついて出たので自分で言っておきながら内心驚きましたが 、上司はギャグだと受け止めて笑ってくれたので事なきをえたのですが。

こっ恥ずかしいので書いたことはないですが、 昔から馬が一生懸命走っている姿を見るだけで涙が出てきます。

そして コロナ中から乗馬を始めたのですが 乗ったこともないのに どうやって手綱を引くかや体重の乗せ方などがするすると解るのです。

どの辺りまで 過去世を遡れるのか 自分でやってみましたが 3生代前ぐらいしかはっきりとは認識はできませんでした。

昔 ピプノのセラピストの方にも言われたし、最近 アドバンスドコースの生徒様にも似たようなことを言われましたが、

どうやら中東あたりで馬や ラクダに乗って 何か 走り回っていたようです。

しかし もっと 遡ったらもしかしたら馬だった過去生もあるのかもしれない。

ですから 私は馬鹿 と表記せずに莫迦と表記するのかもしれない。

馬はそこら辺の人間より賢いよ?失礼なことを言うな!と素で思ってしまいますし。


話を戻して ももタロウ、もしかしたら過去生で昔 ピアノを弾いていたのかもしれないね。

お父さんが 鍵盤を弾いているのを見る前から黒鍵と白鍵を分けて鍵盤を叩いていましたしね、彼。

まるで人間の子供がピアノが何であるかを解っていて指で鍵盤を押すように。


ちなみに 人間は人間にしか 生まれ変わらない動物は動物にしか生まれ変わらないということはありません。


このように 魂に刻まれた記憶やその記憶からくる感情というのは不意に 何かのはずみで ポロッと出てくるという 小話でした。

それが無意識的に生き癖として現れているのが我々であります。



ॐ ह्ल्रीं बगलामुखि सर्वदुष्टानां वाचं मुखं पदं स्तम्भय
जिह्वां कीलय बुद्धिं विनाशय
『もうこの家系の癖はお互いやめようね』セルフワークその後

『もうこの家系の癖はお互いやめようね』セルフワークその後

ワークお疲れ様でした🙇

そうですね 、今日はそれだけで十分でしょう(^-^) また明日 同じようにやってみるといいと思います。

このワークをした後は、なんとなく体が重だるくなったり 、人によっては微熱が出たりする人もいるので、皆さんご自分の体調も合わせて様子をみてください。

すっきりしたなと思うのは浄化サインの一つです☺️


この方のように あれ?あれだけ泣いたのにすっきりしているな、という方もいれば 追怒り 追悲しみのようなものが湧いてきて しまう方もおられます。

その場合、もちろん誰かに当たり散らすのでもなく、また それをもう一度押し込めてしまうのではなく。

それを見つめるような感覚でいてください。

そうか、悔しいんだな 悲しいんだな 等。


また、イメージワークの中で小さかった頃の 自分と小さかった頃の親御さんを対峙させましたが、 その2人は どんな表情をしていたか どんな雰囲気だったのかも 後でゆっくり 思い返してみてください。


セルフイメージワークの前と後で

『もうこの家系の癖はお互いやめようね』

この言葉をもう一度口に出して言ってみた時のご自分の 体感の違いもチェックしてみてください。


そしてこのセルフワークを何回かした後 、実際の親御さんの言動に何か変化があるかもしっかりチェックね。



皆さんしっかりワークをしてくださっておられるようで私も嬉し安心しました😉

ॐ ह्ल्रीं बगलामुखि सर्वदुष्टानां वाचं मुखं पदं स्तम्भय
जिह्वां कीलय बुद्धिं विनाशय
もうこの家系の癖はお互いやめようね

もうこの家系の癖はお互いやめようね

昔々 あるクライアントさんが 話をしているなかで「何で私 “こんな人”のところに セッションに来ちゃったんだろう。」 と、やや見下し気味に言いました。

こんな人というのは私 伊藤のことであります。

まぁ、無礼なんですけども(笑)

そう言う割には当時よく当方へセッションにいらっしゃる。

内心でどう思うのかは自由ですが、それは言わない方が いいことです。

突っ込もうかなと思いましたが セッションですので黙っておりました。

それに このものの言いようが、この人の 根底にある大問題であるのだな、 というのは私でなくてもセラピストならすぐにわかることです。



それが災いしてその人はいつも周りと大小トラブルを起こしておりました。 それが高じて最終的には 裁判 という形にも発展してしまった。 そして決まって自分には非はない 相手が悪いとも おっしゃっておりましたね。

そしていつも挑発的な人でもありました。

もうそのクライアントさんとは縁はないのですが、 最後の最後で自分には友人と呼べる友人がいないと 言っておりましたね。


さて。

その人の実家は 山間の小さな 村にあるのですが、 その人が幼少期にその村へ家族で引っ越してきてからというもの 、その村で 村八分にあっていたことがトラウマとなっておりました。


なぜ村八分にあったのか?


何度かめの霊視をしている中で、その答えが現れたのです。

その人のお父さんが原因でした。


ようこそと迎え入れてくれた村人たちに向かって「“こんなところ”に引っ越してきてしまって…」と言ってしまったんですね。

それは角が立つ どころの話ではないのはもう 皆さんもお分かりですよね?


言われた方は“こんなところで悪かったな!”じゃあお前は仲間に入らなくてよろしい!”

となってしまいます。


冒頭でもその人の 言いようにも 比較的おおらかな伊藤さんでもカチンとはしましたし(笑)

親子で全く同じことを言ってしまっている。

相手がおおらかな人(伊藤)だったらそれだけで済みますが、

それが住むところというコミュニティ・大勢となると話はもっと複雑で重大で重篤になります。


結局 、いつもいつも仲間外れにあうのは自分自身にも問題があったということを この親子は 分かっていない。

仲間に入りたいのに 上から目線なんですね。

いや 上からどころの話ではなく、相手を見下して粗末なものとしてしまうのです。

この人の場合はそれが800年以上続く家系の負の癖となっておりました。


…仕事の方向性や結婚などのカルマ、性格の欠点他。

性格上の問題点。

親子だから何らかを受け継ぐのは当然と言えば当然ですが、似てほしいところと似てほしくないところ、親の世代でカルマを解消していれば、次の世代がひどいことにはならないように思うので、今を生きている各々が不要な負のカルマは積まないようにしたいですね。

誰しも親を見て、あまり好かない部分は残念ながら自分も持ち合わせているものです。

表層的にはそうでないようでいても、どこかに持ち合わせていて、掘り下げていくと、親を見て「拒絶反応しているそれ」「このひとのこうゆうところなに?」などは「自分自身の拒絶したい部分」ということですね。


安心してください。

これはあまねく すべての人間にあることで あなただけがあるということではありません。


〜ここからはイメージワークになります〜

自分が 子供の頃の姿を思い浮かべてみる。

そして親の 子供の頃、 小さかった頃も思い浮かべてみてください。


そうですね、 お互い 4〜5歳の頃。


お互いが1m ぐらい離れたところで向き合っているというのをイメージ。


そして相手を観察しながらできるのなら握手や 抱きしめる 、もしくはそれが嫌ならただただ相手の瞳をじっと見つめるということをやってみてください。


うまくできなくても大丈夫です。


イメージしようとするとできなくなったり 拒絶反応が起きたりもするかもしれません。


ただ一言 口に出して言ってみてください。


もうこの家系の癖はお互いやめようね



ふーん そうなんだねと 他人ごとのように読んでいたとしても、
特に 各ディグリー伝授を受けている人は これやってくださいね。

ॐ ह्ल्रीं बगलामुखि सर्वदुष्टानां वाचं मुखं पदं स्तम्भय
जिह्वां कीलय बुद्धिं विनाशय

伝授後の好転反応中の涙がどろどろしているのは

浄化中の涙はものすごくドロドロしてしょっぱいし、 反対にハイヤーセルフからの涙はびっくりするぐらい サラサラしている、というお話を以前メインブログでも シェアさせていただきました。


いやな汗かいた、いい汗かいた。

という言葉があります。


嫌な汗っていうのは ヒヤリハットだとか 緊張した時など内外からのストレスからの汗ですよね。

いい汗というのは 元気いっぱい 体を動かした時や いい仕事 をした時などに 慣用的に使いますよね。

いやな汗はストレスを受けているので「精神性発汗」といいます。

過去の手放さなければならない感情や無意識の奥底に沈み込んだ強固な岩のような 想い、あるいは 家系の癖 などが意識の浅瀬に浮上してくる時、やはり人はストレスを感じます。

精神性発汗の汗の成分には血液成分が多く含まれているためにドロッとした汗になります。

ドロドロの原因の血液成分は尿素・塩素・カルシウム・マグネシウム・乳酸・ミネラル等だそうです。


涙もしかり。


怒り 悲しみ 憎しみなどで 流す 涙は どろっとしているというのは 皆さんも経験的に お分かりでしょう。

感動したりした時の涙はとってもサラサラコロコロしていると思うんです。



なかには、喉から茶色っぽい痰のようなものが出てきたと報告してくれた方もおります。

別段、何か病にかかっているわけでもなく、 その方はタバコも吸っていないのに。


伝授によって心が揺さぶりをかけられ、 そうとは顕在意識上で認識されずとも、 悲しみや怒りの感情が解放されやがて 、やがてそれらが 上記のような物理老廃物となって出てきます。


今私はすごく 毒出しをしていていい状態に向かっているんだということを一つ 念頭に 置いてみてくださいませ。


それと 伝授後、人によってはフラッシュバックも多くなってきます。




不安感が強く出たり 疑問がありましたら ご遠慮なくLINEください。


伝授後の好転反応の主なものについて、 こちらサブにも あげていきますね。
ॐ ह्ल्रीं बगलामुखि सर्वदुष्टानां वाचं मुखं पदं स्तम्भय
जिह्वां कीलय बुद्धिं विनाशय

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