宇宙日記2 ヒーリングルーム緑翆(りょくすい)

ヒーリングルーム緑翆(りょくすい)主宰/伊藤けい東京都目黒区自由が丘 レイキセラピスト↓タップするとアメーバブログに飛びますhttp://ameblo.jp/umeten2009Copyright©2013 Ryokusui all rights reserved.
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主宰/伊藤けい
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日の出前にウォーキング

日の出前にウォーキング

おはようございます。

早朝4時24分。

殺人的酷暑でしばらくラン&ウォークができませんでしたので。
お盆が過ぎて日が無い時間帯だとそれでもまだ耐えれる気温になりました。

この写真はガランとしてますが、 ワンコのお散歩や私と同じようにウォーキングやランニングをしている人たちが多くおりました。

ॐ ह्ल्रीं बगलामुखि सर्वदुष्टानां वाचं मुखं पदं स्तम्भय
जिह्वां कीलय बुद्धिं विनाशय
目黒川の葉桜も

目黒川の葉桜も

紅葉の前に暑さで焼けちゃってるのかしら。

お盆過ぎるとどんなに暑くてもやっぱり 小さな秋がそここにちらほら感じられます。

ॐ ह्ल्रीं बगलामुखि सर्वदुष्टानां वाचं मुखं पदं स्तम्भय
जिह्वां कीलय बुद्धिं विनाशय
本者是正念の理解が深まる映画インターステラー

本者是正念の理解が深まる映画インターステラー

昨日の記事で紹介しました インターステラーで盛り上がりまして。

その他の方も これから見てみる!見ました! のご報告 どうもありがとうございます🙇

そうそう。

インセプションとテネットのことについても参考映画として記事にしようと思ってました。

インターステラー
インセプション
テネット

これらは アドプロ講座の参考書的なものですよね〜

次回の講座までに参考書・資料集としてご覧になってくださいね。



私も久々にインターステラーを見て、その当時はまだ学んでいなかったジョーティシュに当てはめて考え見たりすると新たな発見がありました。

主人公はゴリゴリの射手座ラグナなだろうな〜…とか(笑)

物語の主軸対比は蟹座的愛(情愛)と水瓶座的愛(博愛)の対立だとか。

射手は家族愛=狭義と人類愛=広義のはざまでいつも苦悶するからね。

色々な気づきを与えてくれる上に、何重にもミーニングが効いている本当に奥深い映画ですね。


話を戻して。


ともかく、本者是正念・サード エネルギーについての理解がいっそう深まったようで良かったです(^^)



ॐ ह्ल्रीं बगलामुखि सर्वदुष्टानां वाचं मुखं पदं स्तम्भय
जिह्वां कीलय बुद्धिं विनाशय
アドプロ受講者さまがたはご覧になってください

アドプロ受講者さまがたはご覧になってください

映画インターステラー。 今年 10周年 だそうでまた 少し話題になってますね。

これを見ると あちら側の人がどのようにコンタクトを取ろうとしているのか、 またこちらの我々がどんな風にそれをキャッチしているのかというのが漠然とでも理解できると思います。

映画としても とても面白いですし、アドプロ受講者以外の皆さんも、 夏休みに小さなお子さんと一緒にご覧になってみるのもとても良いと思います。

綺麗事ではなく やはり宗教にしろ高度な科学にしろスピリチュアルにせよ、究極的なところを考えてみると、そこにはやはり愛というものが横たわっており、 それは人間が作ったものではないという究極の謎という命題が根底に流れているのも素敵ですね。


それと サードネエルギーの本者是正念を使う際のヒント というか 理性上での納得にもなると思います。


さらに このブログで、迎え盆の晩に
ももタロウが 私の後ろにいる御霊を凝視していたり、 なにかいるの?と訊いた際にクレラップが落ちたからくりもなんとなくでも解るでしょう。



私は、この映画の中で主人公がガルガンチュアに入ってゆく(てか落ちてゆく…てか天地がない世界なので なんと形容していいか分かりませんが) のシーンで ポロポロサラサラとした涙が出てきてしまいます。

きっとそれは私だけではないでしょう。

ということはハイヤーセルフが反応しているということであり人間としては理解不能でもこの命は“大いなるなにか”の一部分であるというところでは理解できているということなんでしょうね。

ご存知の方も多いと思いますが、よい映画です。

クリストファノーランの映画だから2時間越えで長いけどね(笑)

てかこの題材を2時間ちょいに収められる方がすごいか。


ॐ ह्ल्रीं बगलामुखि सर्वदुष्टानां वाचं मुखं पदं स्तम्भय
जिह्वां कीलय बुद्धिं विनाशय
感応道交、送り火によせて

感応道交、送り火によせて

我が家のお盆期間中の出来事を徒然と書かせていただきましたが他の方からそれに対するレスポンスをシェアします。

地獄の釜の蓋も開くとは申しますが、 この時期 確かに 時空間が歪んだりあるいは薄くなったりしやすいです。

だからこそ 昔から ご先祖様を お迎えして、見送りするという期間になったのかもしれませんね。

西洋占星術で言うところのライオンズゲートもそれに類することだと思われます。

私は霊視などをしているので生死観がやや一般と違ってしまっている自分というのも客観視できておりますが、 死というのは それで全く何もなくなる、無になるのではなく、時空が変わるという風にも取れるわけです。

全く時間の概念はない世界というのもあるわけで。

他界する。

そう、 他の世界に行く というような意味もありますね。

その人の光としての大元というものは、大いなる何かに吸収されていきますが、 現世での個性などは他界後も少し情報として残っているというような感覚です。

それが徐々に 情報が 薄らいで そして消えていくというような感覚。

御霊の個体差もありますが、さすがにだいたい 37回忌以上になると御霊もおおよそ風化するような感じがします。

(たまにしつこく何百何千年も その個性が残っているところもあるようです。 例えば エジプトとか。わざと光の大元に吸収させないように ミイラ化して グルグルにして現世に残るように縛り付けている、ということをしているんでしょう。御霊にとったら、ある意味これこそ地獄だね😅)


さておき。 この時期 LINE の方のように 普段以上に あちら側の存在とコンタクトを取ることがある人も多いので、それについて少しお話させていただきますね。

何と言ったらいいんだろう、 遠い遠いところから糸電話でコンタクトを取ってくるような感覚なのです。

わずかな“振動”でこちらに何かを伝えようとするよう。 (それが音になったりビジョンになったり匂いや味覚になったりする時もありますが、その全てはやはりつきつめると“振動”です)

あちらは おーい!元気にしているか!と力の限り 言い放ったとしても、 遠い遠いところという時空間すら超越したあまりにも遠いところからなので声という振動が届かない。

それがお盆の時期はその壁が、とても薄くなるような感じです。

だから先のブログでもこの時期は霊視がしやすいよね〜と私は申したわけです。

もしかしたら ブラックホール なり ワームホール なりの宇宙の何かが この時期だけ 極端に 短くなるのかもしれないですね。


普段はその時空間の壁が厚すぎて 振動が届かないんだけれども お盆の期間は薄くなるので 何か感覚としてキャッチしやすくなる。


すると え?私大丈夫なのかな?とか自分の正気を疑うようなことも起こり得たりします。

ちなみに私大丈夫なのかな? おかしくなったのかな? と怯え思えることこそが正気であることの確固たる証拠なのでご安心ください(^^)

まあ 上記を サブブログでさらに説明するにはとてつもなく長文というかもはや卒論か(笑)になるので、アドバンスプロ講座でね。

ॐ ह्ल्रीं बगलामुखि सर्वदुष्टानां वाचं मुखं पदं स्तम्भय
जिह्वां कीलय बुद्धिं विनाशय
映えないタッパー弁当が流行ってるそうで

映えないタッパー弁当が流行ってるそうで

今日は本当は対面施術があったのですが 台風によりリスケしまして、ポッカリ時間が空きましたのでお家にいます。

関東はそんなに激しくないですが、やはり 雨足も強いですし 外に食べに行くのもかったるい。

そんなわけで映えないタッパーお弁当を作ってみました。


映えないタッパー、映えない中身のお弁当が今は流行りだそうで。

映えていないキラキラしていないほうがむしろイケてるんだそう。

これは、お若いクライアントさんも言っていましたし、この前会った同い年の友人も言っていました。 インスタで流行っているそうで。

自撮りもバキバキに加工しない、あまりにも気合いの入った人間もお弁当も片肘張りすぎて痛々しくてかっこよくないということだそうです。


それを聞いて 何だか平安時代も江戸時代も そんな流行りがあったということを学校で ちょろっと 学んだなぁということを思い出しました。

おしゃれにがっつりキメキメに決めた方がダサいというやつ。

日本人の本質って戦後 大きく変わったと言われているけれども、 実はコアのコアはたいして変わってないんじゃないかな〜と思ったり思わなかったり。



わざと彩りを考えない、赤色トマトを入れない。それとちくわにきゅうりという最強ださいおかず。

逆を行けば かっこいい そうです。

それってさ、 元来本来めちゃめちゃ料理が上手で色彩感覚が優れた人が、私みたいなものすごく料理へたっぴの作ったようなのに似せて作ってるって事だよね。

上手な人がわざと 崩す ってやつ。


じゃあ私みたいな下手な人の方がイケてるって事なの?

うん、 パラドックス。 哲学的ですね〜


お味は奇跡的に美味しかったです🙏🍱


いや、しかし、質素な方がイケてるという集合意識がもてはやされ出したのは、日本国自体のダシャーがマハーケートゥ期に突入したっていうのもあるかもしれない。

地味と質素こそ美徳がケートゥだから。

ॐ ह्ल्रीं बगलामुखि सर्वदुष्टानां वाचं मुखं पदं स्तम्भय
जिह्वां कीलय बुद्धिं विनाशय

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